蓮田市まちづくり基本条例、委員会否決!→本会議否決へ!

2013-12-05
Pocket

皆さま、こんにちわ。
蓮田市議会12月定例会が始まりました。

当12月定例会において今後の市政運営に関するとても重要な議案が上程されました。
それは、議案第102号「蓮田市まちづくり基本条例です。

一般的に自治基本条例とも言われるもので、とても問題の多い条例です。
北海道のニセコ町を皮切りに、平成の大合併でこの自治基本条例が一時のブームとなり、各地で制定されました。しかし、この自治基本条例の制定を推進しているのが、ある偏ったイデオロギーを持つ学者、識者、団体等とされており、どこの自治体の条例も横並び、同じような文言が並べられ、また、条文全体に流れる基本的な理念にもその偏ったイデオロギーが組み込まれているということで、今では否決する自治体も増えております。

当蓮田市議会においても、積極的に制定を推進しているのは、日本共産党の議員と市長派の会派です(弁護するわけではありませんが、市長派の会派は保守系。しかし、執行部上程の議案なので賛成せざるを得ないという事情なのです)。
保守系の最大会派、公明党、私が代表の会派、無所属議員は当条例案に反対の立場を表明しております。
現状では、議長を除く18名が12対6で反対多数という情勢です。
そこで、本日(12月5日)の蓮田市議会総務委員会(委員長含めて全7名)の審議。朝9時から始まった審議はとても紛糾しました。執行部のしどろもどろの答弁に、傍聴席にいた私もついついエキサイトしてしまいました。
結果、賛成は共産党1名、市長派の会派1名の合計2名。反対は保守系最大会派2名、公明党1名、無所属1名の合計4名で、反対多数で否決すべきものと決しました。
この委員会での採決結果は、本会議の採決にも大きく影響します。とりあえず、ほっとはしていますが、油断することなく議会最終日の採決前には反対討論を行うつもりです!

さて、それでは具体的にどこが問題なのか。(少々長いですが、読んで頂ければ幸いです)。

私は、問題点を以下の4点だと主張しております。
①市民の定義
②市民参加
③住民投票
④条例の位置づけ

それでは、上程された条例を元に細かく指摘します。

問題点① 第2条 市民の定義
「市民とは市内に居住し、通勤し、又は通学する者及び市内で事業を営み、又は公共の利益のために活動するものをいう」

→この条文を解釈すると、市民の定義は以下の5類型に分類されます。
①市内在住者②通勤者③通学者④事業経営者⑤公共の利益のために活動する者
つまり、本条文では市民とは、
「市内に在住する住民に限らない」
「外国人も含まれる」
「公共の利益のために活動する者であれば、たとえば市外からやってきて一時的に活動するカルト教団や偏狭な政治グループのものも市民の定義に含まれる」
上位法である【地方自治法】には、「市民」という言葉は一切出てきません。
地方自治法 第2章 「住民」について書かれた第10条~第13条では、
「(市町村の区域内に住所を有する)住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」
とあります。
また、第11条からの権利規定においては、
日本国民たる普通地方公共団体の住民」が選挙権、条例制定又は改廃の請求権、監査請求権、議会の解散請求権、解職請求権等を有していると規定されています。

つまり、本条例における「市民」の定義は、地方自治法上の「住民」の定義から大きく逸脱しているのです!

問題点② 第15条 市民の市政への参加
第2条で定義されたその「市民」が本条例のほぼ全編にわたり市民参加の名の下に書かれていますが、その中でも特に第15条は以下のように書かれてあります。
「執行機関は、市民が計画の策定、実施、評価及び見直しの各段階に参加できるよう多様な機会を提供するものとする」

→いわゆる「市内在住に限らない市民」が、市政の計画の策定や実施、評価、見直し等にまで参画することとなっているのです。

この理念は本条例の全編にわたり、貫かれています。
ざっと、抜き出してみましょう。

「市民」はまちづくりに取り組む。
「市民」はまちづくりに関する情報を共有する。
「市民」は市政への参加、まちづくりに取り組む、市政に関する情報を知る権利をもつ。
「市民」は主体的にまちづくりに参加するよう努める。
「市民」はコミュニティづくり、コミュニティ活動に積極的に参加するよう努める。
「市民」は自らの発言や行動に責任をもつよう努める。
議会は「市民」の意思が市政に反映するよう努める。
議会は「市民」自治の発展及び「市民」福祉の向上に努める。
議会は「市民」へ積極的に情報提供を行い、「市民」に開かれた議会運営を行う。
議員は住民の代表として、「市民」の意見を把握する。
議員は自らの活動を「市民」に分かりやすく説明する。
市長は「市民」福祉向上のため、「市民」の意思が反映された市営運営に努める。
執行機関は「市民」の多様な意見に配慮する。
執行機関は「市民」福祉の向上に努める。
市の職員は「市民」福祉向上のため、職務を行う。
市の職員は自らも「市民」一員であることを自覚し、職務を行う。
執行機関は「市民」が計画の策定、実施、評価及び見直しの各段階に参加できるよう多様な場を提供する。
執行機関は「市民」が参加できるよう公募の委員を選任するよう努める。
「市民」、議会及び執行機関は協働する。
執行機関は「市民」の自主性及び自立性を尊重し、活動を支援する。
市長は「市民」参加を基本としたまちづくりのため、市政運営を行う。
執行機関は政策及び施策の計画、実施、評価並びに見直しの経過等を「市民」に説明するよう努める。
市長は財政状況を「市民」に公表する。
執行機関は「市民」の安心安全の確保に努める。
執行機関は「市民」自らが災害時の安全確保やコミュニティ活動に対処できるよう支援する。
議会及び執行機関は市政に関する情報の「市民」との共有に努める。
議会及び執行機関は「市民」の権利利益の保護に努める。
執行機関は重要な計画の策定及び改廃にあたり、「市民」の意見を反映するよう努める。
この条例は本市におけるまちづくりの基本理念であり、「市民」、議会及び執行機関は、この条例を尊重し、遵守しなければならない。

全28条で「市民」という言葉が出てくる条文を抜粋してみました。
ほぼ全編にわたり、「市民」が関わっているのが分かります。
皆さまはどう思いになりますか。
僕なんかは、とても恐ろしい気がするほどです。
蓮田市の住民に限らない「市民」が、これだけの場面で市政へと参画し、権利までも保有し、対する議会や執行機関、職員までもが「市民の市政参画」に努めなければならないのです。

「市民の市政への参加」という言葉は聞こえは良いですが、日頃から積極的に市政へと参加出来る方は限られています。みんな日々の仕事や生活で忙しいんです。
平日の昼間に市政に参加することは現役世代の方たちには無理です。となると、時間があり、ある政策に特殊な思い入れのある方たちばかり、偏った構成メンバーとなる可能性もあります。

広く参政権を付与したつもりが、善良なる一般の住民にとっては結果的に不平等になってしまいます。だからこそ、住民は選挙によって議員を選出し、議会へ民意を付託しています。
民主的な選挙を経ない、しかも住民とは限らない市民が市政の計画の策定、実施、評価及び見直しの段階にまで参画することは、議会制民主主義を否定し、結果的に参政権の不平等を生じることになります!


問題点③ 第17条 住民投票

 第1項 「市長は、市政に係る重要事項について、広く住民の意思を確認するため、住民投票を実施することができる」

→今回の議案質疑で、当条文の「住民」とは「市民」を指すのか?
また、住民投票は「常設型」を想定しているのか?「非常設型」を想定しているのか?
執行部に尋ねたところ、第17条に限っては「市民」ではなく、「住民」であるとの答弁。また、住民投票は「非常設型」を想定しているとのことでした。
 当たり前ですが、住民投票について「住民」が「市民」を指していたら大問題です。外国人参政権までも付与する事になり、地方自治法はおろか、日本国憲法をも逸脱することになります。
 しかし、本条例では広く「市民」参加を唱っておきながら、最後の住民投票だけは「住民」に限るというのは、本条例に流れる基本理念に矛盾しています。それならば、初めから第2条「市民」の定義で、
「市民とは住民基本台帳にある住民のことである」
と規定しておけば良いのです。

 そして、第17条第3項
「住民投票の実施に際し必要な事項は、その都度、別に条例で定めるものとする」

これについても、住民投票の発議に関わることも含まれるのか?つまり、住民投票の実施の是非について議会審議が前提となるのか?を尋ねました。
議会審議を前提としない場合、首長自らの判断で議会の同意を経ずに住民投票を実施できることになり、地方自治法第74条に抵触することになります。
「(住民投票を伴う)条例制定の請求があったときは、直ちに請求の要旨を公表し、20日以内に議会を招集し、意見を付けて議会に付議しなければならない」

私の質疑に対して明確な答弁はありませんでしたが、委員会では議会審議を前提とするという答弁がありました。それならばなぜ、第一項で「市長は重要事項について住民投票を実施できる」と規定してしまうのでしょうか。
3項も「住民投票の実施に際して必要な事項は、その都度、別に条例で定める」と書くのでしょうか。
これは、そのまま素直に解釈すれば、
「市長判断で住民投票は実施でき、それに伴う具体的事項を別に条例で定める際にのみ議会審議を行う」
と読めてしまいます。
住民投票の発議権を規定する住民投票の常設条例の本則を別に用意すれば、理屈的には問題ないのですが、これではただ誤解を招くだけです。

問題点④ 第27条 条例の位置づけ 第1項
「この条例は、本市におけるまちづくりの基本理念であり、市民、議会及び執行機関は、この条例を尊重し、及び遵守しなければならない」

→尊重とは何? 法的拘束力を伴うものなのか?
執行部に尋ねたところ、「法的拘束力を伴うもの」との答弁でした。
当然条例ですから、法的拘束力を伴います。本条例が制定されたら、我々議会はもとより、執行部、住民も法的に拘束されるのです。当たり前なのですが、念押しのために聞きました。
そして、最後の大問題、
第2項
「執行機関は、他の条例、規則等の制定若しくは改廃又は計画の策定においては、この条例の趣旨を尊重しなければならない」

→趣旨を尊重するとはどういうことか?を尋ねたところ、やはり心配していた通りの答弁となりました。
答弁
「本条例と他の条例との関係で上位や下位はないが、まちづくり基本条例に流れる基本理念に沿って他の条例は作られる」

逃げの答弁でしたが、やはり、本条例は他の条例に「優越をしている」のです。日本国憲法第94条には法律の範囲内で条例を制定できるとされ、憲法は法律に優越し、法律は条例に優越しています。
しかし、条例が他の条例や規則等に優越するという立法上の仕組みは現行法上に規定はありません。これは法治国家の大原則です。いったいどんな法的根拠で本条例が他の条例に優越するとしているのでしょうか。いわゆる基本法と個別法との関係について取り上げられる「旭川学力テスト事件上告審判決」というのがあります。
この最高裁判決においても、以下のような判決文となっております。
「教育基本法は、これに矛盾する他の法律規定を無効にする効力を持つものではないけれど、一般に教育関係法令の解釈及び運用については、できるだけ教育基本法の規定等に沿うように考慮が払われなければならない」
以上のように書かれてあるだけです。
「考慮が払われなければならない」
本条例のように、
「趣旨を尊重せよ」
とまでは、最高裁の判決においてもなされていません。
優越性を規定しているとしたら、大変な問題です。百歩譲って、たとえそうでなくても、そのようにとられるような表現は避けるべきです。しかし、誰がどう見てもこの条文では優越性を規定していると捉えられても仕方がありません。

以上のように、住民でなくても良いとする「市民」が市政の計画の策定や評価、見直し等にまで参画し、住民投票も議会を頭越しに実施されるおそれがある。
しかも、この条例は他の条例よりも優越し、我々議会、執行部、職員、住民等も法的に拘束される

実は、本条例は「蓮田再生会議」の市民協働部会で議論されたようですが、全体会議を除いた計9回の会議中、まちづくり基本条例について議論されたのは、第7回~第9回の3回、計6時間程度です。しかも10名の委員が全員出席している回はなく、第8回に至っては3名が欠席し、7名のみで議論されています。
その後、パブリックコメント(提出者4名のみ)、総合振興計画審議会(2回)。
他の自治体では、2年も3年もかけて議論されて、条例案が上程されております。それでも否決された自治体や取り下げられた自治体もあるほどです。
また、この自治基本条例は平成の大合併でいっときのブームではあったが、最近はその問題性に千葉県の佐倉市、横須賀市、我孫子市、町田市、松阪市、青森市など自治基本条例を否決する自治体も増えています。
埼玉県の市町村でも多く制定されているとは言っても、63市町村中、制定済みの自治体は17市2町で3分の1以下、千葉県にいたっては流山市のみです。
全国的に見ても、1742自治体の中で、291の自治体で制定されているのみです。率にして17%。

このように問題が多いまちづくり基本条例を蓮田市はそもそもなぜこの時期に、しかも性急に作らなければならないのか。本条例を作らなければ何か困ることでもあるのでしょうか?
理念条例ですから、生活にすぐに直結するというものでもなく、急いで作る必要もありません。
しかし、条例ですから、一度制定してしまうと法的に拘束されてしまうのです。仮に制定するにしてもこのような重要な条例は慎重にまで慎重に議論を重ねていく必要があると考えます(そもそも僕は不要論者ですが)。

蓮田市在住の住民の皆さまは、どのようにお考えでしょうか?
最後までお読みいただきまして、有り難うございました。

運営管理:森 伊久磨事務所 蓮田市東6-2-12 TEL.048(878)9519